大宮神社


鎮座地 大阪市旭区大宮3丁目1番37号  電話 06-6951-2196

トップ 由緒 境内案内 アルバム 祈祷案内 アクセス お問合せ リンク


由緒(御神像)

令和2年11月8日

「大阪の歴史90」が発刊されました
大阪・大宮神社の豊国大明神像の論考掲載
お求め方法はこちら





令和2年9月25日

大阪市立中央図書館 大阪市史編纂所セミナー
大阪市修史事業120周年記念公演会
「旭区大宮神社の豊国大明神像について」の講演会が決定しました。
11月7日(土) 14時 定員70名 事前申込・応募多数の場合は抽選

詳しくはこちら



令和2年9月16日

高良社は無事竣工し正遷座祭を終えました。是非お詣りください。

[高良社前説明板より]

高良社は改修工事を終え、令和2916日に正遷座祭を終えました。
去る521日に大阪市文化財保護課様より、高良社に鎮まっておられた豊国大明神像についての発表がなされました。現在神様は新しいご神体にお遷りいただき、お祀りしております。
 豊臣秀吉は没後(慶長31598)すぐに、豊国大明神として京都の豊国神社に祀られました。また3回忌に当たる慶長5年には、秀吉がかつて城主だった滋賀県長浜にも豊国神社は建立されますが、大坂夏の陣の後、徳川氏により秀吉を祀ることは禁じられ、豊国神社は破却させられました。
 しかし、豊国神社破却後も秀吉は密かにお祀りされ続け、天明5(1785)には京都の新日吉神宮(いまひえじんぐう)内に樹下社(このもとのやしろ)が建立されました。「樹下」とは秀吉の旧姓「木下」に通ずるとされています。また寛政4(1792)には長浜でも恵比須神をお祀りする神社が建立され、その奥で密かに秀吉がお祀りされました。このように京都、長浜では秀吉をお祀りしていることを隠した形で、豊国神社は密かに再興されていましたが、大阪ではこれまでそうした動きは確認されていませんでした。
 また、同じ時期に秀吉の一代記である「絵本太閤紀」が出版され、浄瑠璃が大阪、京都で頻繁に上演されるなど、秀吉ブームが巻き起こっていました。
文政6(1823)には当社で開帳が行なわれており、この時に秀吉像が公開されたと考えられ、この開帳もそうした秀吉ブームに連なるものではないかと考えられます。
当社の秀吉像は、江戸時代における豊国大明神信仰を考える上でも、貴重な発見となりました。

   当社の秀吉像は像高が81.9センチメートルの等身大坐像で、現存する木像の中で最大となります。製作年代は江戸時代と考えられ、17世紀中頃(1650年頃)にさかのぼる可能性もあります。
  現在、豊国大明神像は文化財保護課様に管理いただいています。




令和2年8月7日

「大阪の歴史90」の発刊予定は10月下旬に変更となりました。もうしばらくお待ちください。


令和2年5月21日

この度、大阪市教育委員会事務局 総務部 文化財保護課様より当社の豊国大明神像について報道発表がなされました。

大阪市報道発表資料
「全国最大級の豊臣秀吉像(豊国大明神像)が大阪市内で新たに発見されました」


●ご神像の経緯について

当社の境内神社である高良社に鎮まりますご神像が豊臣秀吉公の像であると、先代より言い伝えられておりましたが、ご神体のことである故に、これまで公にせずにまいりました。この度の改修工事に際し、保存修理の必要から調査をすることになり、今回の発表となりました。
現在工事中の高良社は秋頃に竣工の予定です。現在神様は新しいご神体にお遷りいただき、ご本殿内に仮殿を設けお祀りしておりますので、ご本殿と合わせてお詣りください。

  • 当初、文化財保護課様との協議の中で、公開事業を計画しておりましたが、残念ながら昨今のコロナウイルス感染症の情勢により、現在のところ公開の予定はありません。

  • 報道発表は当社社務所にて行いましたが、現在ご神像は別の場所にお移ししています。社務所においでいただいてもご覧になれませんので、何卒ご了承ください。

  • ご神像は今後、文化財保護課様と協議しながら保存修理を行う予定です。


今回の発表の詳細は、8月に大阪市史編纂所より発刊予定の「大阪の歴史90」に京都大学大学院 元大阪市教育委員会文化財保護課学芸員の川北奈美様による「大阪・大宮神社の豊国大明神像」の論考が掲載されます。是非ご一読ください。

今後、公開事業等ご神像に関する事は当ホームページや境内掲示板にてお知らせしますので、よろしくお願いします。









由緒の目次へ戻る



Copyright(C) 2011 大宮神社 All rights reserved